東京都のカスハラ防止条例について

 

東京都では、全国で初となるカスタマー・ハラスメント防止条例が令和6年10月11日に公布され、令和7年4月1日に施行されました。誤解を招かないように言いますと、公布日が他の道府県や市区町村より早かったため、全国初であって、施行日が令和7年4月1日であるという点においては、東京都以外にも、北海道(令和6年11月29日公布)、群馬県(令和7年3月27日公布)、三重県桑名市(令和6年12月25日公布)が同じく令和7年4月1日に条例が施行されています。 

近年、サービス業を中心にカスタマー(客)からの不当な要求や暴言を受けた従業員などが深刻なストレスを抱えてしまったり、円滑な業務が遂行できないなど社会問題となっていました。 

本コラムでは、社会問題化しているカスタマーハラスメント(通称カスハラ)の定義や今後他の自治体にとって先例となり得る東京都の条例の内容について、詳しく解説致します。 

カスタマーハラスメントとは

既にご存知の方もいると思いますが、またなんとなくイメージでわかる方もいると思いますが、カスタマーハラスメントとは、一般的に、客が企業その他事業者に対して理不尽なクレームや言動をすることをいい、アルコールハラスメントアカデミックハラスメント、パワーハラスメント、就活ハラスメントなどと同じくハラスメントの一つです。

ただ、カスハラの定義に関しては、法律上の規定はありません。

そのため、今回の東京都の「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」に従えば、カスハラとは、顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいい、また著しい迷惑行為とは、暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいいます(本条例2条4号及び5号)。

なお、厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」によると、カスハラは顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの、とされています。

 

カスタマーハラスメントの具体例

こうした東京都又は厚生労働省のカスハラに関する定義によるカスハラの具体例は次のような行為をいいます。ただ、これら行為をしなければカスハラに当たらないというわけではありません。

・暴行や傷害などの身体に対する攻撃

・脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言など精神的攻撃

・威圧的な言動や土下座の要求

・性的又は差別的言動

・より高額な商品への交換の要求

・金銭補償の要求 など

 

このように一般的には、カスハラは客から従業員に対してされるものとイメージされがちですが、企業間でも起こり得る問題になります。

 

カスハラの社会問題化

こうしたカスハラが社会問題化した経緯について簡単にご紹介しますと、具体例であげましたカスハラの中には、企業として対応しようとすると客からの要求が長期化・エスカレートすることになり、それによって従業員への負担が重くのしかかり、従業員が精神疾患を抱えてしまうことになります。

また日本のサービス水準の高さも背景としてあるでしょう。つまり、日本のサービス精神は世界からは高水準と言われています。それゆえに、客のサービス期待水準も高く、カスハラが起こりやすくなります。

 

東京都のカスハラ防止条例の内容(概要)

東京都のカスハラ防止条例は、その基本理念を「顧客等による著しい迷惑行為が就業者の人格又は尊厳を侵害する等就業環境を害し、事業者の事業の継続に影響を及ぼすものであるとの認識の下、社会全体でその防止が図られなければならず、またカスハラの防止に当たっては、顧客等と就業者とが対等の立場において相互に尊重しなけれならない」とし(3条)、カスタマー・ハラスメントを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義し(2条5号)、また事業者を「都内で事業(非営利目的の活動を含む。)を行う法人その他の団体(国の機関を含む。)又は事業を行う場合における個人(2条1号)、就業者を「都内で業務に従事する者(事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者を含む。)」(2条2号)、顧客等を「顧客(就業者から商品又はサービスの提供を受ける者をいう。)又は就業者の業務に密接に関係する者」(2条3号)とされています。

これら定義によりますと、都内に本社を置く会社や個人事業主はもちろん、本社は都外であっても支社が都内にある場合も本条例が適用されますし、籍は都内の会社にあるが、テレワークなどで隣県で仕事に従事する人も対象となります。また雇用形態にかかわらず、パートやアルバイト、フリーランスの方も対象となります。

そして、著しい迷惑行為についても、「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」とし(2条4号)、こうしたカスタマー・ハラスメントは、一律に禁止されています(4条)。ただし、顧客等の権利を不当に侵害しないように留意しなければなりません(5条)。

さらに、先ほどの基本理念に基づき、本条例の主体である東京都、事業者、就業者、顧客にはそれぞれ責務が定められています(6条から9条)。責務と言っても厳格なものではなく、例えば、顧客であれば、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならないという努力義務であり、就業者であれば、カスハラの防止に資する行動をとるよう努め、事業者であれば都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に対する協力の努力義務とカスハラを受けた際の就業者の安全確保と顧客等に対し必要かつ適切な措置を講ずる努力義務となります。

さて、今回の条例に違反すると、罰則が科されるのかという点ですが、現時点では罰則に関する規定はありません。ただし、今後のカスハラのより深刻な社会問題化と条例改正によっては罰則が導入される可能性はあります。

もちろん、条例違反で罰則はないと言っても、刑法が規定する暴行罪侮辱罪名誉毀損罪業務妨害罪不同意わいせつ罪などの犯罪が成立することはあります。その場で逮捕されなくても、被害届や刑事告訴によって後日逮捕される可能性はあるでしょう。

 

カスハラの判断基準

カスハラに当たるかどうかの判断基準について、東京都は「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」にて、①要求の態様、②要求の内容、③時間・回数・頻度などにより、就業環境が害されたかどうか、カスハラ行為にあたるか、どうか基準を検討することを薦めています。

例えば、人格を否定する侮辱的な言葉や物を投げたり怒鳴るなどの暴力や威圧的行為、高額な賠償や土下座の要求、電話等で長時間の拘束、深夜や早朝など社会通念上不適切な時間や毎日何度も電話を掛けるという行為は典型的なカスハラに当たり得るでしょう。

 

神奈川県では・・・。

東京都のお隣神奈川県でも、令和7年4月1日に、「STOP!カスハラ!!かながわ宣言」と題して、カスハラのない神奈川を目指しています。具体的には、よくあるカスハラの行為類型から、実際にカスハラを受けた際の神奈川県内の相談窓口が案内されています。

詳しくは、神奈川県の専用ホームページをご参照ください。

 

現場での対応が難しい場合は警察に相談を

カスハラが発生した場合、最初は自社で対応することと思います。しかし、それにはいずれ限界がきます。その対応によって就業者が疲弊してしまったり、事業の進行が進まなくなってしまったりなど影響は出てくるでしょう。自社での対応が困難と判断した場合は、速やかに警察に相談しましょう。その際は、何があったのか、いつからなのか、どういうカスハラの内容であるのかなどメモしておくと相談する際に役立つでしょう。