病院又は医師の応召義務と正当な事由について 

医師は、診療治療を拒んではならないとする応召義務が医師法によって定められています(医師法19条)。 

しかし、いつ、どんな時であっても診療治療を求める患者に応対しなければならないとなると、医師の方の負担は大きすぎると言わざるを得ないでしょう。 

本コラムでは、医師の応召義務の内容から、診療治療を拒否することができる正当な事由とは何か、具体例なども交えながらご紹介します。 

医師の応召義務とは

医師法19条1項は、「診療に従事する意思は、診療治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と規定しています。

医師の応召義務はこのことを指しています。ちなみに、歯科医師法でも同じく応召義務の規定がありますので、歯科医師の方も基本的には応召義務を負うことになります(歯科医師法19条1項)。

応召義務に違反すると・・・。

応召義務に関する医師法又は歯科医師法の規定は上記の通りですが、こうした応召義務に違反した場合について、医師法では刑事罰に関する規定はありません。つまり、応召義務に違反したとしても、医師の方に刑事責任を問うことはできません。

一方で、民事上の責任については、医師の方が損害賠償責任を負うことがあります。ここでの争点は、「正当な事由」があったかどうか、です。「正当な事由」については後ほど述べます。

また行政上の責任が問われることもあります。医師法では、医師が医師としての品位を損するような行為のあったときは、厚生労働大臣は、戒告、3年以内の医業の停止、免許の取消し、のいずれかの処分をすることができます(医師法7条)。そのため、正当な事由なく、応召義務違反を何度も繰り返していたというような場合には、これら処分を受けることがあります。

正当な事由について

さて、民事上の損害賠償責任でも争点となり得る正当な事由について、これがあれば(又は認められれば)応召義務は発生しません。

しかし、医師法上、正当な事由に関する規定はなく、解釈に委ねられています。

そこで、参考となるのが、厚生労働省の通知や過去の裁判例になります。

まず、昭和24年9月10日付医発第752号厚生省医務局長通知によると、「何が「正当な事由」であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきものと解される。」としています。

また過去の裁判例(東京地判令和2年2月5日)でも、「かかる応召義務は、公法上の義務であり、これに違反したからといってただちに私法上の責任が生じるものではない。しかしながら、かかる応召義務が定められた目的が、国民の生命身体の保護にあることからすれば、医師が患者からの診療治療の求めを拒んだことで、国民の生命身体という保護法益が侵害された場合には、不法行為の成立を認める余地があると解されるのであり、正当な事由の有無についても、応召義務が定められた上記目的や、侵害される法益の性質や内容を踏まえつつ、具体的状況に応じて判断するのが相当である。」としています。

つまり、厚生労働省と過去の裁判例では、正当な事由の有無について、ケースバイケースで考えましょう、ということになるのです。

 

正当な事由があるとされる具体例

正当な事由については個別具体的な事情を総合的に考慮してケースバイケースで判断されますが、よくある具体的事情をご紹介します。

  • 診療報酬の未払い

診療報酬の未払いが応召義務における正当な事由にあたるかですが、過去1度の診療に対する支払いがなされていないというだけでは、正当な事由があるとはいえないでしょう。一方で、度重なる未払や未払金額が累積しているという状況であれば正当な事由に当たり得ますが、その患者が重篤であって緊急の医療処置が必要であると客観的にも判断できる症状であれば応召義務を果たすべきでしょう。その上で、未払に関しては役所への相談を促すなどの対応によって解決を図るべきです。

 

  • 診療受付時間外

医師の方も病院も、基本的に24時間無休というわけではありません。そのため、診療受付時間外でも応召義務が生じるのかですが、急患であれば正当な事由とは認められず、応召義務が生じるでしょう。もっとも、地域全体という広い範囲で、夜間休日診療受付の大きな病院があるような場合は、そこを受けるよう指示すれば、その事情は正当な事由として認められる可能性があります。

 

  • 暴言を吐く患者

いわゆるモンスターペイシェントです。このような患者に対しては、その程度にもよりますが、例えば病院からの再三の注意などを求めてもこれに応じない、その言動によって病院を訪れる他の患者にも迷惑がかかるような場合は、応召義務を拒否する正当な事由があるといえるでしょう。場合によっては、警察への相談や通報することも考える必要があります。

なお、令和7年4月1日に東京都ではカスタマー・ハラスメント防止条例が施行されました。東京都内で働く医療従事者、都内にある医療法人も対象となります。この条例では、カスハラの定義や就業者、顧客等それぞれの責務についても規定されており、モンスターペイシェントに対しても参考となる条例になります。詳しくは関連記事をご参照ください。

 

関連記事 東京都のカスハラ防止条例について

応召義務の有無については、ケースバイケースで考えなければならない。

応召義務とこれを拒否できる正当な事由についてご紹介しましたが、医師又は病院に応召義務があるかどうかはケースバイケースで考えていかなければなりません。正当な事由があれば常に応召義務が発生しないわけではなく、患者の生命や健康を守るために必要な医療行為は不可欠です。

ただ、そのような場合でも、応召義務について患者と揉めている、病院としてどのように対応していくかお困りでしたら、お気軽にご相談ください。

詳しい事情をヒアリングした上で、応召義務があるのか、正当な事由と認められるのかといったところから、医療関係者の方にとって最善の解決方法をご提案します。